千葉県内を中心に確固たる地盤を築き、独立した指定暴力団として関東の裏社会で独自のポジションを保ち続けてきた「双愛会」。暴対法の施行から30年以上が経過し、暴力団排除条例の厳罰化や全国的な組織再編の波が押し寄せるなか、この老舗団体は今どのような局面に立たされているのか、関心を寄せる治安ウォッチャーは少なくありません。
かつて港湾荷役や地域興行を束ねた発足期から、代替わりを経て七代目体制へと至った現在に至るまで、組織の内情や他団体との力学は目まぐるしく変化してきました。房総半島を本拠とする独立組織の足跡と、2026年現在の勢力・活動実態を客観的なデータや捜査関係者の動向から紐解きます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:双愛会は千葉県市原市に総本部を構え、2019年より七代目会長・椎塚宣が率いる独立指定暴力団。
- 要点2:最盛期から構成員数は大幅に減少(現在は構成員・準構成員合わせ約100〜150人規模)し、高齢化と資金難に直面。
- 要点3:広域団体には吸収されず独立性を維持する一方、伝統的に稲川会と強固な親戚・協力関係を結び安定を図っている。
【組織の原点】初代・高橋寅松による旗揚げから指定暴力団への道
双愛会の起源は、戦後混乱期の昭和20年代初頭にまで遡ります。創信者である初代会長・高橋寅松が、横浜や千葉県房総エリアで勢力を持っていた博徒・港湾関係者らを糾合し、「魚金一家」の流れを汲みつつ組織の土台を固めたことが直接のルーツとされています。
昭和30年代に入ると、千葉県の京葉工業地帯の埋立開発や港湾物流の活況に伴い、双愛会は労働者の手配や利権の調整などを通じて急速に経済基盤を確立しました。地元の顔役としての影響力を強め、1969年(昭和44年)に名称を現在の「双愛会」へと正式に改組。他地域からの進出勢力に対抗する千葉の雄として、その存在感を関東一円に誇示するようになります。
その後、暴力団壊滅を目指す警察当局の包囲網が狭まる中、1992年(平成4年)の暴力団対策法施行に伴い、双愛会は第1次指定暴力団として指定を受けました。地方都市に拠点を置く単独組織でありながら、指定暴力団として名を連ね続けている事実は、裏社会におけるその象徴的な重みを物語っています。
【歴代会長の系譜】初代から七代目・椎塚宣体制までの変遷
双愛会が半世紀以上にわたって命脈を保ってきた背景には、内部抗争による大規模な分裂を避け、血統や直系の盃を重視した代替わりを重ねてきた歴史があります。これまでのトップの系譜は以下の通りです。
- 初代会長:高橋寅松(組織の創設者、千葉・神奈川にまたがる地盤を構築)
- 二代目会長:畔上宗平(組織の近代化を推し進め、関東近隣団体とのパイプを強化)
- 三代目会長:高橋二朗(高橋寅松の実子。伝統的な博徒組織としての引き締めを図る)
- 四代目会長:石井義雄(武闘派・経済派双方のバランスを取りつつ組織を統率)
- 五代目会長:高村 明(暴対法下の厳しい警察包囲網の中で組織防衛を担う)
- 六代目会長:塩島昭芳(長年にわたり組織を安定化させ、他団体との宥和政策を推進)
- 七代目会長:椎塚 宣(2019年に継承。現体制トップとして舵取りを担う)
2019年に六代目・塩島昭芳会長が退任し、傘下の寺島一家総長などを歴任した椎塚宣が七代目会長を継承しました。この継承式には関東の名だたる有力組織の幹部が多数参列し、代替わりが整然と完了したことが広く知れ渡りました。現体制下では、警察の摘発リスクを極力回避しながら、引き締めを図る姿勢が維持されています。
【本部事務所の現在】千葉県市原市を本拠とする双愛会の拠点と実態
双愛会の総本部は、長年にわたり千葉県市原市潤井戸に置かれています。工業地帯と住宅地が混在する市原市は、双愛会にとって揺るぎない本拠地であり、組織の最高幹部会や主要な儀礼はこの地を中心に行われてきました。
しかし、近年の暴力団を取り巻く法的・社会的包囲網は苛烈を極めています。暴力団排除条例に基づく「事務所使用差し止め請求」や住民による反対運動、さらには警察による定期的な家宅捜索などによって、総本部事務所の機能は大きく制約を受けています。
かつてのように組員が日常的に多数出入りし、威圧感を示す光景は完全に姿を消しました。現在は監視カメラや警察車両が目を光らせる静かな佇まいとなっており、実際の連絡調整や寄り合いは外部の分散拠点や個人的な接触によって代替されるケースが増加しています。総本部の存在自体が象徴的な意味合いへと変化しているのが現状です。
【最新勢力図と組織図】構成員数の激減と直系組織の内情
警察庁が公表する暴力団勢力統計を見ても、双愛会の規模縮小は顕著です。全国的な暴力団構成員の減少トレンドと同様、双愛会もまた深刻な構成員の減少と高齢化に直面しています。
2000年代初頭には数百名の勢力を誇った双愛会ですが、2020年代半ばから2026年現在にかけての勢力は、実質的な構成員数が約100人前後、準構成員等を含めても約150人前後にまで落ち込んでいると推計されています。直系組長の平均年齢も60代後半から70代へと押し上げられ、組織の持続可能性が最大の課題です。
現在の組織図における主要な傘下組織としては、以下の一家が挙げられます。
- 寺島一家(千葉市・市原市などを拠点とする中核一家)
- 谷津一家(習志野・船橋方面に地盤を持つ老舗勢力)
- 吉田一家(木更津・君津など房総南部をカバー)
- 上州家一家(群馬方面にも歴史的な繋がりを持つ系統)
- 畔上一家(二代目会長の出身母体であり、横浜鶴見などに拠点を残す)
これら傘下組織の組員数も軒並み数名から十数名単位にまで縮小しており、従来のシノギ(資金獲得活動)が成り立たなくなったことで、若手の新規加入はほぼ途絶えています。組織の維持そのものが各一家にとって重い負担となっているのが偽らざる実態です。
【他団体との関係】稲川会との親戚関係と「関東二十日会」での立ち位置
双愛会を語る上で欠かせないのが、他団体との絶妙な外交バランスです。とりわけ広域暴力団稲川会との関係は極めて密接であり、歴代にわたり強固な「親戚関係」が結ばれてきました。
七代目会長・椎塚宣の継承に際しても、稲川会の最高幹部が後見的な役割や立会人を務めたことが伝えられています。六代目山口組の分裂問題など、全国規模の抗争の火種がくすぶる中でも、双愛会が平穏を維持できているのは、この稲川会との緊密な連携と後ろ盾が抑止力として機能しているためです。
また、双愛会は関東の独立系組織(住吉会、稲川会、松葉会、東組など)によって構成される親睦連絡機関「関東二十日会」の加盟団体でもあります。大手の寡占化が進む暴力団社会において、独立指定暴力団としての格式と自立性を保ち続けられるのは、この関東二十日会の枠組みが存在するからに他なりません。
【双愛会】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:双愛会の現在のトップは誰ですか?
A1:2019年に六代目・塩島昭芳会長から跡目を継承した七代目会長・椎塚宣が現在もトップを務めています。
Q2:双愛会の本部事務所はどこにありますか?一般人は近づけますか?
A2:本部事務所は千葉県市原市潤井戸に所在します。ただし、警察当局による24時間の監視態勢下に置かれており、住民運動や暴力団排除規定によって厳重に管理されています。危険防止の観点からも、一般人が興味本位で近づくことは避けるべきです。
Q3:双愛会は山口組や稲川会の傘下組織なのですか?
A3:傘下ではありません。公安委員会から独立した「指定暴力団」として指定を受けています。ただし、歴史的に稲川会とは極めて親密な親戚関係にあり、関東二十日会の枠組みを通じて強固な協調関係を維持しています。
まとめ:暴力団排除が進む2026年における双愛会の行方
戦後の動乱期から千葉県に根を張り、独立性を保ち続けてきた双愛会。しかし、法規制の強化や口座開設・不動産契約の完全な締め出しにより、組織を取り巻く包囲網は過去最も過酷なものとなっています。
構成員の高齢化と人手不足、資金源の縮小が一段と進む中、老舗組織としての歴史を今後どのように保っていくのか。独立路線を貫くのか、あるいはさらなる再編の波に飲み込まれるのか、警察当局の「頂上作戦」と併せて、その動向は今後も注視されています。 (出典: 双 愛 会(Yahoo!ニュース))