競馬中継のウイナーズサークルで誇らしげに愛馬の手綱を引く姿を見て、「担当馬がG1を勝てば一攫千金」「平均年収800万円超えの隠れた高給取り」といった華やかなイメージを抱く競馬ファンは少なくありません。しかしその一方で、地方競馬の現場からは「拘束時間の割に生活が苦しい」「人手不足で休みが取れない」といった切実な声が漏れ聞こえてくるのも事実です。
果たして厩務員の給与は本当に高いのか、それとも過酷な労働に見合わない過大評価に過ぎないのか。日本中央競馬会(JRA)と地方競馬(NAR)の間に横たわる決定的な格差、賞金に連動する「進上金」のリアルな取り分、そして午前2時起きが日常となる過酷な労働環境まで、現場の最新データと関係者の証言をもとにその実態を白日の下に晒します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:JRA厩務員の平均年収は約700万〜900万円と高水準な一方、地方競馬は約250万〜400万円にとどまり、所属団体による経済格差は極めて深刻。
- 要点2:年収1000万円を超える鍵は「進上金(獲得賞金の原則5%)」だが、担当馬が勝てなければ基本給ベースとなり、厩舎ごとの成績格差が直撃する。
- 要点3:競馬学校厩務員課程の倍率は高止まりしており、牧場での実務経験が必須なうえ、深夜勤務や怪我のリスクを背負う強い覚悟が求められる。
【噂の真相】厩務員の年収は本当に高いのか?JRAと地方競馬の「天と地」の格差
「厩務員は儲かる」という言説の真偽を確かめるには、まずJRA(中央競馬)と地方競馬を完全に切り離して考える必要があります。結論から言えば、JRA厩務員の年収水準は日本の平均給与を大きく上回る一方、地方競馬厩務員の給料は地域社会の一般的な水準か、あるいはそれを下回るケースが珍しくありません。
JRAに所属する厩務員の場合、美浦トレーニングセンター(茨城県)や栗東トレーニングセンター(滋賀県)の厩舎に雇用されます。労働組合(日本中央競馬会厩務員労働組合など)の交渉力と、中央競馬の莫大な売上規模を背景にした手当体系が確立されているため、30代中盤から40代の平均年収は750万〜900万円前後に達します。有力厩舎で重賞勝ち馬を複数抱えるベテランであれば、年収1000万円を軽々と超えるケースも実在します。
対照的なのが地方競馬です。南関東4競馬場(大井・川崎・船橋・浦和)など売上が好調な一部の主催者を除き、多くの地方競馬場では馬主から支払われる預託料が低く抑えられています。そのため、地方厩務員の月給は総支給で20万〜28万円前後、年収換算では280万〜380万円程度がボリュームゾーンです。同じ「馬の世話をする仕事」でありながら、中央と地方では倍以上の開きが生じているのが現在の競馬界の構造です。
| 項目 | JRA(中央競馬)厩務員 | 地方競馬(NAR)厩務員 | 一般的な会社員(全国平均) | 編集部の見解・分析 |
|---|---|---|---|---|
| 平均年収水準 | 約700万〜900万円(成績により変動) | 約250万〜400万円(南関はやや高水準) | 約460万円(民間給与実態調査) | JRAは公務員や大企業並み、地方は中小企業水準の構造的乖離。 |
| 初任給・手取り額 | 月給約25万〜28万円(手取り約20万〜22万円) | 月給約18万〜22万円(手取り約14万〜18万円) | 大卒初任給:約22万〜24万円 | JRAは各種手当が加算されるため若手でも手取りが伸びやすい。 |
| ボーナス・賞与 | 年2回(夏・冬)+開催手当・競走手当 | 年1〜2回(寸志程度の厩舎も存在) | 年2回(給与の2〜4ヶ月分) | 地方競馬は厩舎ごとの収支に直結し、支給額のバラつきが大きい。 |
| 賞金ボーナス(進上金) | 担当馬の獲得賞金の5%(本賞+出走手当等) | 獲得賞金の5%(ただし本賞金額が桁違いに低い) | インセンティブ制度に該当 | G1の1着賞金が数億円の中央と、数十万〜数百万円の地方で決定差。 |
| 雇用形態・福利厚生 | 調教師との個別雇用(組合共済・退職金制度完備) | 調教師との個別雇用(社会保険完備が増加中) | 雇用保険・厚生年金・健康保険 | JRAは強固な組合組織があるため福利厚生と退職金が手厚い。 |
【進上金のカラクリ】担当馬の獲得賞金配分と年収1000万円への到達条件
競馬関係者の給与を語る上で欠かせないのが「進上金(しんじょうきん)」の存在です。レースで馬が入線し、賞金を獲得した際にその一部が関係者に分配されるボーナスシステムを指します。
日本中央競馬会の規定において、競走馬が獲得した本賞金・出走奨励金などの配分割合は明確に定められています。
- 馬主:80%
- 調教師:10%
- 騎手:5%(平地競走の場合。障害競走は7%)
- 厩務員(調教助手):5%
厩務員が受け取る進上金は原則として獲得賞金の5%です。通常、JRAの厩務員は1人あたり競走馬2頭を担当します。この2頭がどれだけ稼ぐかによって、その年の年収が何百万円単位で乱高下します。
例えば、担当馬が国内最高峰のレースである有馬記念やジャパンカップ(1着賞金5億円)を制覇した場合、5億円の5%にあたる2500万円が進上金として発生します。ただし、厩舎によってはこの進上金を担当者個人が全額総取りする「完全担当制」を採る厩舎と、厩舎スタッフ全員で一定割合をプールして再配分する「プール制(山分け制)」を導入している厩舎があります。
完全担当制の厩舎で走る馬を持てば、一撃で年収数千万円に達する夢があります。しかし、担当する2頭が未勝利戦を勝ち上がれず、年間の獲得賞金がゼロに近ければ、進上金は出走手当由来の数万円程度にとどまります。「年収1000万円超え」を達成できるのは、優秀な馬を預託されるトップ厩舎に所属しているか、一握りのオープン馬・重賞馬の担当を任された実力と運を兼ね備えた人間だけというのがシビアな実態です。
調教助手との年収の違いとは?トレセン内の階層構造とキャリアのリアル
競馬ファンが混同しやすい役職に「厩務員」と「調教助手」の違いがあります。トレーニングセンターの日常業務において、両者の役割分担と収入には明確なグラデーションが存在します。
厩務員は主に馬房の清掃(ボロ出し)、飼い葉(エサ)作り、ブラッシングや馬体のケア、引き運動、レース当日のパドック周回や装鞍といった「地上でのケア全般」を担当します。一方、調教助手はそれに加えて、コースに出て時速60kmを超えるスピードで実際に競走馬に跨がり調教をつける資格を持っています。
調教助手には、調教騎乗に特化した「攻め馬専門(攻め専)」と、厩務員業務も兼任する「厩務員兼調教助手」の2種類が存在します。給与面で見ると、競走馬に騎乗するリスク手当(調教騎乗手当)が上乗せされるため、調教助手の方が厩務員よりも年収ベースで50万〜150万円ほど高く設定される傾向にあります。
近年のJRAでは、調教技術の高度化と外厩(育成牧場)の台頭により、厩務員課程を卒業して厩務員として採用された後、騎乗技術を磨いて調教助手へステップアップするキャリアパスが主流となっています。馬に乗れる技術の有無が、トレセン内での待遇と現場での発言力に直結しているのが現状です。
【実態検証】初任給の手取りと「きつい」と囁かれる過酷な労働環境
給与水準だけを見れば高給取りに見えるJRA厩務員ですが、ネット掲示板やSNSでは「仕事がきつすぎて割に合わない」という声が絶えません。現場のタイムスケジュールと労働環境を検証すると、その背景にある肉体的・精神的負荷の凄まじさが浮き彫りになります。
午前2時に始まる1日|トレセン勤務の過酷な日常
厩務員の朝は極めて早く、午前2時〜3時頃に起床して馬房に入るのが一般的です。馬の体調確認から始まり、馬房の敷料の交換、調教前の馬装、調教後の入念な手入れとクールダウン、飼い葉やりまでをノンストップでこなします。午前9時前後に午前の調教が終了し、一旦の休憩(昼休みや仮眠)を挟んだ後、午後1時〜2時頃から午後の手入れや夕方の飼い葉やりを行い、16時頃にようやく1日の業務が終了します。
拘束時間が不規則なうえ、レース前日や当日は競馬場への長距離輸送に同行しなければなりません。生き物を相手にする仕事であるため、「定時退社」や「土日祝日の完全休日」という概念は存在せず、競馬開催がある週末は極限の緊張感に包まれます。
命の危険と隣り合わせの職場環境
サラブレッドは体重500kg前後の巨大な動物であり、かつ非常に繊細で臆病です。興奮した馬に蹴られる(蹴傷)、踏まれる、壁に押し潰されるといった事故は日常茶飯事であり、肋骨の骨折や靭帯断裂といった大怪我で長期離脱を余儀なくされるスタッフは後を絶ちません。最悪の場合、命を落とす危険性すら孕んでいます。
若手厩務員の初任給は手取りで約20万〜22万円程度からスタートしますが、この危険手当と深夜勤務手当、そして重労働がすべて内包された金額と考えると、「決して楽に稼げる金額ではない」という現場の嘆きにも頷けます。
【狭き門の現実】競馬学校厩務員課程の倍率と年齢制限・応募資格
「それでもJRAで厩務員になりたい」と願う志望者の前に立ちはだかるのが、千葉県白井市にあるJRA競馬学校厩務員課程という巨大な関門です。一般企業のように「求人サイトから応募して面接を受けて採用」というルートは存在せず、競馬学校の半年間の研修を修了しなければJRA厩務員のライセンスを取得できません。
競馬学校厩務員課程の選考倍率は、例年4倍から6倍前後の高倍率で推移しています。数字だけ見ると一般的な難関資格程度に見えるかもしれませんが、問題はその「母集団のレベル」です。応募資格には極めて厳しい前提条件が課されています。
- 実務経験の必須要件:牧場等での競走馬・育成馬の騎乗経験、または育成管理の実務経験が通算2年以上(以前の基準から見直しが図られつつも、現在も乗馬・育成経験が絶対条件)。
- 騎乗技術の審査:試験では単なる面接だけでなく、実際に競走馬レベルの馬を乗りこなす実技試験が課される。
- 年齢制限:かつては厳格な上限が設けられていましたが、現在は多様な人材確保のため形式上の年齢上限は緩和傾向にあるものの、現場の体力を考慮して20代〜30代前半の合格者が中心。
つまり、受験者全員が「すでに牧場で馬を乗りこなしているプロの予備軍」であり、その選りすぐりの集団の中で4〜6倍の争奪戦が行われます。未経験者が思いつきで受験して合格できる確率はほぼゼロに等しく、まずは北海道の育成牧場などで数年間の過酷な下積みを経てから受験するのが王道ルートです。
一般に知られていない盲点とネットの誤解|退職金・福利厚生と将来性
ネット上では「厩務員は個人事業主だから将来が不安定」「怪我をしたら使い捨てにされる」といったネガティブな噂も散見されます。これらは地方競馬の一部や過去の慣習が混同されて語られているケースが多く、現在の実態とは異なる部分があります。
JRAの手厚い退職金共済と社会保険
JRAの厩務員は調教師個人に雇用される形を取っていますが、日本中央競馬会共済会や強固な労働組合が存在するため、厚生年金・健康保険・労災保険などの社会保険は完全に整備されています。さらに独自の退職金共済制度が機能しており、定年(65歳)まで勤め上げた場合の退職金は、大手企業の平均に匹敵する1500万〜2000万円以上に達することも珍しくありません。
地方競馬が直面する労働環境の二極化
一方で、地方競馬の厩舎求人には注意が必要です。南関東公営競馬のように組合組織がしっかりしている地区では待遇改善が進んでいますが、一部の地方競馬場では個人調教師の裁量に委ねられている部分が大きく、退職金制度が不十分であったり、労働時間管理が曖昧な「ブラック厩舎」と呼ばれる現場が残存しているのも事実です。地方競馬の求人に応募する際は、社会保険の加入状況や宿舎の設備、休日の取得実績を事前に入念に調べる必要があります。
【プロの結論】厩務員を目指すべき人・見送るべき人の境界線
高年収の夢と過酷な現実が交錯する厩務員という職業。どのような適性を持つ人がこの世界に挑むべきなのでしょうか。
【目指すべき人の条件】
- 馬という生き物に対して無償の愛情を注ぐことができ、観察眼が鋭い人
- 午前2時起きや不規則な生活リズムに耐えうる強靭な体力と自己管理能力がある人
- 北海道などの過酷な育成牧場で数年間の下積みを耐え抜く覚悟がある人
- 自分の担当馬が勝利することに人生最大の快感を覚える勝負師気質の人
【見送るべき・おすすめできない人の条件】
- 単に「平均年収が高いから」という金銭的動機だけで職業を選ぼうとしている人
- 土日休みの完全週休2日制や、プライベートの時間を最優先にしたい人
- 大型動物に対する恐怖心が拭えず、大怪我のリスクを受け入れられない人
- 閉鎖的な厩舎社会特有の濃密な人間関係や上下関係に強いストレスを感じる人
【厩務員の年収】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:JRA厩務員と地方競馬厩務員で、なぜここまで年収に格差があるのですか?
A1:最大の理由は主催者が動かす「市場規模とレース賞金の差」です。JRAの年間馬券売上は3兆円を超え、未勝利戦の1着賞金でも約550万円、G1では数億円が動きます。これに対し、地方競馬は売上が回復基調にあるとはいえ賞金水準が全体的に低く、馬主から調教師へ支払われる預託料(人件費や飼料代)の枠が小さいため、スタッフの給与原資に圧倒的な差が生まれます。
Q2:乗馬経験がまったくない完全未経験から厩務員を目指せますか?
A2:JRA厩務員に関しては、競馬学校の応募要件に牧場等での騎乗・管理実務経験(原則2年以上)が設定されているため、未経験からの直接採用は不可能です。まずは未経験者を歓迎している北海道の育成牧場や競走馬の生産牧場に就職し、2〜3年の経験と確かな騎乗技術を身につけた上で、競馬学校を受験するのが必須の手順となります。地方競馬であれば、騎乗を伴わない厩務員として未経験から採用している厩舎も存在します。
Q3:担当馬が全く勝てない年が続いた場合、年収はどこまで下がりますか?
A3:JRA厩務員の場合、基本給や深夜勤務手当、家族手当、競走手当などの基本給与体系が労働協約によって守られているため、担当馬が1勝もできなくても年収が300万円や400万円に急落することはありません。成績不振の年であっても、概ね600万〜700万円前後のベース年収は維持されます。進上金はあくまで「上乗せされるボーナス」という位置付けです。
Q4:女性でも厩務員として高年収を稼ぐことは可能ですか?
A4:十分に可能です。近年はトレセンの施設改修により女子更衣室や専用設備の整備が急速に進んでおり、女性の競馬学校合格者や現役厩務員・調教助手は増加傾向にあります。力仕事の面では工夫が求められますが、繊細な馬の体調変化に気づくケア能力や馬への接し方において、女性スタッフを高く評価する調教師も増えています。給与体系や進上金の割合も性別による差は一切ありません。
まとめ:競馬界を支えるホースマンの給料の真実と選ぶべき覚悟
厩務員の年収事情を紐解くと、「JRAであれば平均年収700万〜900万円、一握りのトップは1000万円超え」という夢のある現実と、「地方競馬の過酷な低賃金構造」、そして「午前2時起きと命がけの作業」という代償が同居していることが分かります。
単なる高給狙いで足を踏み入れるにはリスクがあまりにも大きく、下積みのハードルも決して低くありません。しかし、手塩にかけて育て上げた担当馬がターフを先頭で駆け抜け、大観衆の歓声を浴びる瞬間の達成感は、他のどの職業でも味わえない唯一無二のものです。厩務員という道を選ぶのであれば、中央と地方の制度的違いを正しく理解し、自らの適性と情熱がその過酷さを上回るかどうかを冷静に見極めることが求められます。 (出典: 厩 務 員 年収(Yahoo!ニュース))